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17才の春   ASIMOの涙

  「if」   悲しみの上限

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「もし、あの地震や津波が夜中だったら私、逃げられなかったと思う」
「真っ暗な中、ろくな情報もないのに、みんなで急に非難なんて無理だよな」
「そういう時の決断って難しいよな」
「3月11日、金曜日。午後2時46分。たしかに比較的多くの人が行動しやすい時刻だった」
「昼休みが終わって午後からの仕事にとりかかったころかな」
「しかも相馬は穏やかな日だった」
「もし、雪だったら、強風が吹いてたら」
「雪だったら歩いても車でも非難は大変だ、強風でも動きにくかったろうな」
「実際に寒さで亡くなったかたも多い」
「これがもし豪雪の日本海側だったら?」
「雪に閉ざされた孤立した集落、多くの人たちが逃げ場を失ったろう」


「じゃ、もし、夏だったら」
「三陸から茨城、外房にかけては、きれいな海水浴場がいっぱいある」
「海の家が並んで家族連れがパラソルをひろげて、何万何十万の子供たちでビーチはいっぱい」
「・・・・・」
「もし、その季節なら、おそらく太平洋に無数の浮き輪が浮いてると思う」

「もし、あの時、助けに戻ってればとか。もし、あの時助けに行かなければ。とか。今でも悔いてる人は多い」「仙台平野から南、福島の相双地区あたりまでは、町の中心部は内陸にあって、比較的海岸までは平野が広がってる。だから三陸の『津波てんでんこ』のようにめいめいが近くの高台に非難するというわけには、いかない」「場所によっては、近くの高台までは、かなりの距離になる。多くの人は海岸に家族を連れに戻った」
「もし、初めからもっと正確な津波の情報があれば、かなりの人は助かったはずよね」
「助けに戻って亡くなった人もあまりに多い」


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「そして最も悲しい、もしもは。もしも、原発事故がなかったら・・・」
「三陸や宮城のように、地震や津波で生き残った人を救助に行けたはずだ」
「消防の人は、俺達は生存者を見殺しにしたって泣いていた」
「もし、あの時に、静止する警備員を振り切りバリケードを乗り越え救助に向かったら、汚染量の低いまま救えた命もあったかもしれない」
「天災によって、多くの犠牲者がでた。でもわずかに残った生存者を人災によって救えなかった」
「天災と人災の組み合わせってこと?」
「梅原猛さんは、文明災と言ってた」

「もし、あの時、より早い時点でより正確な放射能のデータが出ていれば救助のしかたも違ってたかもしれない」「結局私たちはリスクマネージメント皆無って船に乗ってるのね」
「情報ってやっぱ、すごく大事だね」
「でもあの時の恐ろしさの大半は、僅かな情報さえ、信じられなくなったってことかも」
「この次はオレはもうだまされないぞ!って逃げるだけかもしれない」
「地震や津波や原発より、私たちがあわれなのは、人に裏切られたような気持ちになったことかもしれない」「もし、今またあのボロボロの原発に同じような災害がおきたら。そしてまた、もしも、様々な情報を隠されたら?」
「でも逆にこんなもしももあるよ。4号機の屋根がたまたま爆発で飛んだけど、もし、屋根が残ってたら」
「上からの注水ができずに、おそらく東日本は全滅」
「私たちも今ここにはいないわね」
「なんか、平均台の上で逆立ちしてる気分だわ」
「想定っていうのは、もしも、もしも、って考えることの積み重ねでしょう」
「もしも、を想定するのが電力会社、当事者ってのも、問題だよね」
「結局自分たちに都合のいいことしか、想定してなかったんじゃないの」
「不幸な惨状だけど、時間も季節も場所も、原発事故も、まだ最悪ではなかった。もっと最悪の事態はいくらでも考えられる」
「逆に考えればこの震災がすべての想定の基準になるようなことがあったら、もう救われないわよね」
「これからどんな災害を想定して、どう備えるのだろう」
「私たちのこの災害が悲しみの上限とはかぎらないわよね」


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