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相馬の子供たち 17才の春 PART2

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「夜の森の桜並木の映像を見た。満開の真っ白な桜のトンネルを防護服を着た人たちが歩いていた。
宇宙ステーションの大きなドームの中の宇宙飛行士のようでなんだか異様な光景に思えた」
「原発の危険性を福島県民は、もっと主張していいはずだと思う。原発の再稼働など絶対に反対だと。私たちの 想定外は今も続いていると」
「でも世界中の原発を止めようと 叫んでみても日本の国や企業は世界中に原発を売ろとしている。まるで止まらない暴走列車に乗っているようだ」
「再稼動や増設を容認する地方もある」「原発立地の市町村にとって原発は麻薬みたいなもんだ。一度注射をうたれると、もうそれがないと成り立たない。中毒になる」
「電力の不足とか、経済への影響とか、もうそんな次元の問題じゃない」
「でも電力の不足はかなりこれから厳しい状況をつくると思う、いろんな分野で」
「原発依存の体質をつくった者こそ厳しく責任を問われるべきだ」
「未来じゃなくて、私たちの将来の話しよね」



「廃炉まで30年40年かかるというけど初めからトラブル続きで…」
「造る技術はあったが止める技術はまだないか」
「最終処理は未だに未定」
「廃炉といっても中和してなくなるもんじゃないらしい、どこかに埋めるとか隠すとかそんなレベルの話らしい」「そんなものが動いてること自体が私には信じられない」
「30年後には、いったいだれが廃炉の作業をしてるんだろう」
「もしかしなくてもたぶん私たちの世代?」
「廃炉の技術者を養成しなくちゃいけない」
「でも、たぶん、おそらく…人間じゃないかも」



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「不幸な出来事があった時には、そのハンディは広く浅く分散されると思っていた。瓦礫の問題でも風評でも」「でもたしかに実際は逆だよね。」
「一部の地域におおきな、しわよせがある。難問が集中されつつある」
「放射能いっぱいの瓦礫は集まるし、遠くで捕れた魚でも放射能がでたら福島県出身の魚になる」
「魚にも住民票があったんだ。陸上の汚染だってはっきりしないのに、海洋の汚染なんかまるで神秘だよ」
「受益者負担は原則だよね」
「たとえば、よその家の庭を借りてバーベキュウやったら、火は消して帰るし、ゴミも持ち帰るのが、ルールだ よね」
「確かに庭は貸したけどまさかバーベキュウがはじまるとはおもわなかった」
「そうそう、はじめからそんな約束してなかったもんね」

「いったい絆なんて誰が言ってるんだろう。そもそもそんなものが初めからあれば、こんな事態にはなってない だろうし」
「過疎に過密に原発が並んで、貧しき者ほど被爆するか」
「今回私たちは世界中の多くの人達に助けていただいた。でも絆っていうのは、国の政治や社会との縦の関係がくずれたから、横につながった者たちが お互いに助け合い共感できるものを 求めあう。そんなもんでしょう」


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「いっそ、事故処理の貢献度や瓦礫の受け入れで電力の配給量でも決めたらいい」
「いっそのいっそ。原発事故の終息宣言も出したし、除染がホントにうまくいくんなら福島県浜通りに首都機能の移転でも考えたらいい」
「それはいいね。福島の再生なくして日本の復興はありえない。だっけ」
「福島の復興で日本の再生じゃなかった」
「最近首都直下型地震も心配されてるし将来福島県は国有地も増えそうだし」
「東京電力本社もいっしょにね」
「もち責任者が現場近くで監視するのはあたりまえ。できの悪い子供には親は生涯よりそうもんだ」
「そうすれば地元の雇用もふえるね」
「どこだって原発立地の地方自治は原発が必要なわけじゃない。ただ地元に雇用ができて、豊かになりたいだけだし」「原発以外で雇用ができるならみんな大賛成だろう」
「私たちの世代の大問題は温暖化や環境問題だと思ってたけど、それにくわえてエネルギーだね」
「でもその両立は、かなり難しいわよね」


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phot,2012.4,30 相馬市中村城跡 水面の桜



     未来都市   2000、12、29

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 年に一度の家族旅行で今年は東京ベイエリアに出かけた。首都高速湾岸線に入るあたりから円盤のような家、きのこ型の煙突、ボ-ルを載せたビル。まるで未来都市のようで思わずみんなで見上げた臨界副都心。

 私たちが子供のころ、本やテレビのアニメの中に21世紀の姿が描かれていた。
空はあくまで青く澄み豊かな緑に囲まれて整備された近代都市。友達が集まると未来の話をするのが好きで何冊ものスケッチブックが未来都市で埋まった。アニメは夢、所詮空想の世界と知ってはいたが21世紀という言葉にあこがれを持った。
子供の目に科学は万能に見えた。


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今日、さまざまな情報が未来への警鐘を鳴らし未来を危惧する、私には複雑にからんだ多くの問題が解決されないまま先送りされているような気がしてならない。この時代の混迷を次世代には何一つ受け継がせたくはないと思うのだが。
まもなく迎える新世紀は子供のころ私たちがスケッチブックに想い描いた21世紀とはどこか違うような気がする。

新交通システム中央制御の「ゆりかもめ」に乗る。『お父さん、この電車運転手さんいないんだよね』と子供たちは
楽しそうにはしゃぐ。21世紀の子供たち。彼らはすでにこの時代の状況を自然に受け入れているのかもしれない。
決して悲観的にではなく。課題は多いと思うが柔軟な発想や新しい時代の感性を持って彼らはここから走り始める。
『そんなことも知らないで よく大人になれたね』また子供たちに笑われないように私たちの世代も始めなければならない。 もう一度、スケッチブックに、夢を


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2000,12,29 福島民報新聞  民報サロン掲載
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